2010年8月

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清州越し

2010/08/27 ブログ

 今年(2010年)は、それまで尾張の中心地だった清州から、その地が名古屋へと移った、名古屋開府400年目の節目の年になります(いわゆる「清州越し」1610年)。
 人(武士・町人)や物だけではなく、建物(神社・仏閣・町屋)なども含めて、城下町がまるまる名古屋に移転したといわれており、この清州越しのときに、天守閣に金鯱を頂く名古屋城が築城され、“尾張名古屋は城で持つ”とまで、いわれるようになりました。
 それで今年は、「名古屋開府400年祭り」として、各地で様々なイベントが行われています。
 また、名古屋の雅名(別名)は、「蓬左」といいますが、熱田神宮を蓬莱(ほうらい)宮と称したところから、それに向かって左側の地域(熱田から名古屋城のある辺り)、今でも、徳川園(徳川美術館と庭園を中心とした日本庭園)の一角にある、蓬左文庫にその名をとどめています。


中馬街道

2010/08/20 ブログ


 
 中馬街道(ちゅうまかいどう)は、かつて名古屋方面から塩・海産物・雑貨が、松本方面からは農産物・林産物が運ばれ、庶民の物資輸送の動脈として利用されていました。この地では昔から窯業が盛んで、美濃焼の輸送ルートとしても発展していました。現代で言う運送業である「中馬」の人々によって利用されていたことから、「中馬街道」と呼ばれるようになった、と言われています。
 中馬街道は、現在の国道363号に沿いに残っていて、バイク(ヤマハSR400)でツーリングに出かけるときに、よく疾風るツーリングルートです。
 また、中馬街道と呼ばれる街道は、他にもルートがあって、信州飯田から南下する伊奈街道より田口を経て、吉田(現在の豊橋)に至るルート、足助を通って岡崎・名古屋に出るルートがあります。上のルート(現在の国道363号沿い)は、美濃の明智・柿野を経て、尾張の瀬戸・名古屋に出るルートになります。
 どの道も起伏に富んだものとなっていて,当時の「中馬」の人たちの大変さがしのばれます。